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ラインアルター『フリーメイソンの歴史と思想』について(3)

引き続き、ヘルムート・ラインアルター(増谷英樹・上村敏郎訳)『フリーメイソンの歴史と思想:「陰謀論」批判の本格的研究』(三和書籍、2016年)について気になった点をまとめます。今回は第4章です。

第4章
  • 74頁左段『旧き義務」第二条。ラインアルターは、本書で一貫して1723年の『旧き義務』と書いていますが、正確には1723年の『アンダーソン憲章』の「フリーメイソンの義務」のことだと思われます。本章冒頭の第二条の訳に問題がありますので、後ほど改めて記事を書くつもりです*1
  • 74頁左段(下から二行目)、文脈的には「絶対主義的貴族」では意味が通じないので、「啓蒙主義的」貴族でしょうか。
  • 77頁左段、下から二行目 「第三大親方」。デザギュリエは、ロンドン・グランドロッジの三代目グランドマスターであったと言われていますが、近年、英国の研究者には疑問視されているみたいです。
  • 77頁右段、「長老派司祭」→「長老派牧師」。
  • 77頁右段「アンドリュー・ミッシェル・ラムジー」→「アンドルー・マイケル・ラムジー」。正確には彼は「講演者」ではなく、パリ・グランドロッジの「大弁士grand orateur」という役職でした。ラムジーが「ある一般百科全書におけるフリーメイソンの項目に協力参加した」かどうかは、ちょっと事実を確認してみたいと思います。
  • 79頁左段、三行目、「新姉妹」→深沢先生も『史潮』での書評で指摘していたと思いますが、フランス語では「Neuf Sœurs」で、直訳すれば、「九姉妹」ですね。深沢克己先生は「九詩神」と訳されています。
  • 83頁右段、「デザグーリエ」→「デザギュリエ」、「ロジェ」→「ロッジ」。
  • 84頁左段、7行目、「市民法」→教会法に対する「世俗法」と訳すべきです。
  • 84頁左段、「1782年のウィルヘルムスバードの修道会会議」→本書の他の箇所では「国際会議」などと訳されていました。深沢克己先生は、メイソンの「大会」と訳されています。ちなみに、フランス語ではconventで、修道院couventと似ているので注意が必要です。
  • 84頁右段(Michael Dierickx, Freimaurereiのrが抜けています。

眠いので今回は85頁までです。

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