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Il faut cultiver notre jardin

近世フランス史・フリーメイソン史研究に関するブログです。新刊情報などをまとめています。

[時事]エマニュエル・マクロンがイルミナティ陰謀論の標的となったのは何故か

 エマニュエル・マクロンは、5月7日夜、大統領選の勝利が確定すると、ルーヴル美術館の中庭にある「ピラミッド」の前で勝利を祝う集会を開催しました。その様子を見たツイッター民が、マクロンの当選はイルミナティの陰謀であるとつぶやき始め、ハフィントンポストの記事で紹介されるなどフランスのメディアでも話題になりました*1

 何故、ルーヴルでの集会が、隠されていた陰謀を曝け出していると考えられたのでしょうか。ピラミッドの三角形は、秘密結社イルミナティのシンボルであるというのです。イルミナティとは、1776年にインゴルシュタット大学の教会法教授アーダム・ヴァイスハウプトにより設立された秘密結社です。ドイツ語ではIlluminaten、フランス語ではIlluminés de Bavière(バイエルン光明会)と呼ばれます。急進的啓蒙主義の立場をとり、カトリック教会の迷妄を激しく攻撃しながら、国家と社会の改良を目指した団体です。1780年代以降、フリーメイソン組織を利用しながら、ドイツ各地で勢力の拡大を図りましたが、指導者同士の対立、メイソン組織との競合、1784年のバイエルン選帝侯の解散命令によって衰退したと言われています。こうしたイルミナティの活動が、今日まで受け継がれる陰謀論の原型である「フランス革命陰謀説」に素材を提供しました*2
 陰謀論者によれば、イルミナティはバイエルン選帝侯による禁令以後も消滅しておらず、秘密裏に各国の政府・社会に入り込み、世界を裏から支配しており、今回のフランス大統領選にも影響を与えたというのです。とはいえ、多くのメディアが指摘するように、エマニュエル・マクロンが勝利演説の場としてルーヴルを選んだのは、この場所が政治的に中立的で、彼の勝利を祝うのにふさわしい舞台であると考えられたためでしょう*3
 他方で、マクロンが陰謀論の標的となったのは何故かを理解するためには、ただ会場がピラミッドであったとか、演説中のマクロンの手振りがイルミナティやフリーメイソンのシンボルに似通っていたというだけでは不十分かもしれません。5月11日の『ル・モンド』の記事のなかで、パリ=ディドロ大学の社会学教授ジェラール・ブロネ(Gérard Bronner)が、その要因と背景について説明を試みており、興味深かったので、それを簡単に紹介したいと思います。
www.lemonde.fr

 何よりもまず、エマニュエル・マクロンの経歴と勝利の異例さが挙げられます。1年前までは大統領候補としては無名であった若者が、既成政党が擁立した候補者を撃破して、史上最年少で大統領に就任したことは、多くの人々に彼が成功したのはなぜかという疑問や興味を生じさせると同時に、疑念や反感をも生み出したと思われます*4。また、彼のロチルド銀行に勤めていたという経歴も陰謀論を引き寄せる要因となったでしょう。ブロネによれば、陰謀論において、銀行は、寡頭支配、すなわち、社会を支配するために金融業界、大企業、政界、メディアのあいだでなされる共謀や協力といった観念と結びつけられているのです。また、ブロネは言及していませんが、マクロンがグローバル化や新自由主義の代表者であると見なされていることも挙げられるでしょう。こうした理由で、彼は陰謀論者たちの格好の標的となったと考えられます*5
 そもそも人々は何故、陰謀論に身をゆだねるのでしょうか。陰謀論は、それを信じる者に対して、ある種の知的満足を与えてくれるのだとブロネは言います。テロリズム、社会経済的困難や不平等、環境問題など様々な現実のリスクを前に不安をかかえる人々に対して、陰謀論は、複雑な要素からなる社会的事象について、単純明快で一貫性を持った説明を与えてくれます。それにより、人々が複雑な事柄を理解した気になったり、受け入れたりするのを促し、安心をもらたしてくれるのです。他方で、ブロネは、私たちが生きる時代は、「あらゆる形態の権威(政治・メディア・科学)に対する根本的な不信の時代」であり、それゆえに、エリートや権威に対する異議申し立ての一つの形態でもある陰謀論が拡散するのに適した時代だとも指摘しています。


 筆者は、陰謀論が21世紀のフランス人のあいだでどの程度、流布し、彼らの思考や行動を規定しているのか正確なところは分かりませんが、極右のあいだでは反メイソン主義・反ユダヤ主義が根強く信じられているとも聞きます。いずれにせよ、革命以来、2017年までフランス社会に命脈を保っているフリーメイソン陰謀論について、その生成と発展、社会における受容や政治的言論における機能を長期的な視野から明らかにする作業は、難しそうですが、研究テーマとして非常に面白そうだなと感じました。
 

*1:Après les résultats de l'élection présidentielle 2017, les complotistes paniquent en voyant Macron devant la pyramide du Louvre

*2:ピエール=イヴ・ボルペール『「啓蒙の世紀」のフリーメイソン』(深沢克己編訳、山川出版社、2009年)、140頁

*3:日本語で読める記事としては、次のものが参考になりました。新大統領はマクロン氏に! ルーブル前で集会が開かれた理由 フランス/パリ特派員ブログ | 地球の歩き方

*4:実際、筆者も大統領選後にメディアで報じられたマクロンの経歴を紹介する記事を幾つか興味深く読みました。マクロン氏の計算された立身、仏大統領も目前に - WSJ

*5:また、今回の大統領選の投票の前にフランスのメイソン界が異例の声明を出し、反極右を呼びかけたことも、陰謀論者たちに材料を提供したと考えられます。[時事]フランスのフリーメイソン団体が大統領選を前に異例の声明 - Il faut cultiver notre jardin