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Il faut cultiver notre jardin

近世フランス史研究に関するブログです。新刊情報などをまとめています。

【紹介】逸見龍生「文人たちの結社」『図書』No. 780、2014年2月

逸見龍生「文人たちの結社」『図書』No. 780、2014年2月、2–7ページ

本論考の後半部分、逸見先生が専門とする『百科全書』(特にディドロ執筆項目)のテクスト生成に関する箇所に比重をおいた紹介がすでに坂本邦暢氏によってなされているので、ここでは筆者の関心から前半部分の「文人たちの結社」に関わる部分を紹介したい。

本論考のタイトルとして掲げられた「文人たちの結社」というのは「啓蒙の世紀」を代表する記念碑的な出版物『百科全書』の著者名欄に記された表現、une société des gens de lettresの訳である。著者はまず、この言葉が意味するところを紐解くところから出発して、新しい公共知のプロジェクトとしての『百科全書』の精神とその時代的な意義を明快に論じている。

「文人gens de lettres」というのは、専門性に立脚する近代的な「文学者」という意味ではなく、ルネサンス以来の総合的な「普遍人」の系譜に位置付けられるべき、伝統的な語彙である。とはいえ、17世紀以降、特にフロンドの乱鎮圧以後のフランスでは、国王とその宮廷社会を中心とする政治的・文化的位階秩序が確立されるに伴い、博識の学究という「文人」像は、宮廷文化の流行と社交界の洗練さから程遠い、時代遅れの「衒学者」という負の表徴へと転落していった。こうした状況において、『百科全書』が「文人の結社」という著者名を採用することは、ルネサンス以来の知的伝統に再び連なろうと言う気概の表明であると同時に、詩と雄弁、演劇を頂点とする宮廷文化に対して距離をとることを意味したのである。

それでは、『百科全書』が打ち出した「文人」像の革新性はどこにあったのだろうか。この問題を解く鍵がまさに「結社société」という語に集約されている。『百科全書』においてヴォルテールやディドロによって繰り返し定義された「文人」たちは、宮廷社会を中心とする文化規範からは自立しながらも、書斎に閉じこもる孤独な学究ではなく、自由に交際する集団として表象されている。ここで18世紀フランスにおいて、sociétéという語が、都市において開花した様々な社交実践や社交空間、社交団体を指示する言葉として用いられていたことを思い出しておきたい。こうした多様な社交空間は、大学やアカデミーのように王権から法的人格と特権を認められた社団corpsとは構成原理において異なっていたのである。加えて、アマチュア性に立脚していた「文人」は当時、職業として法的地位を認められていたわけではなかったことにも留意しておこう。
したがって、多様な社会的出自を有する「文人たち」が原則的な平等主義に基づいて学知の吟味に参加することのできる、新たな知のあり方を提示する公共的な言論空間として、『百科全書』は構想されているのである。『百科全書』の執筆者には、伝統的に学識文化を担ってきた貴族や聖職者といった余暇のある特権身分のみならず、医師や弁護士といった自由業者、さらには職人まで含まれていたことはよく知られている。こうして「文人たちの結社」なる表現が有していた歴史的含意を踏まえると、私たちは『百科全書』の扉絵の寓意画に表される、学知と技術知の結合が、新しい公共知の理念をよく示していることを理解するだろう。


関連論文
逸見「時間・知識・経験 : 初期ディドロ思想の形成におけるベーコン主義医学史の位置」『思想』(1076)2013年12月、158-186頁。
逸見「『百科全書』前史におけるジェームズ『医学総合事典』」『人文科学研究』(129)、新潟大学人文学部、2011年11月、43-69頁 。
Dinah Ribard, D'Alembert et la société des gens de lettres : utilité et autonomie des lettres dans la polémique entre Rousseau et d'Alembert, Littératures classiques, no 37, 1999, p. 229-245.